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食の愉楽

FOOD/DRINK

水戯庵では、現存する最古の江戸前寿司処「すし栄(えい)」の寿司、200年以上の歴史をもち日本の茶文化を守り伝えてきた京都の老舗茶舗「福寿園(ふくじゅえん)」のお茶、京菓子の老舗である「老松(おいまつ)」や「亀末廣(かめすえひろ)」の甘味などのメニューを取り揃えており、日本の食文化を五感で味わうことができます。
アルコールメニューは、食通・ワイン通としても知られる俳優 辰巳琢郎氏がセレクト。
純国産ワインや日本酒、ウイスキー等、厳選したメニューをご用意して皆様をお待ちしております。

すし栄

すし栄

嘉永元年(1848年)、京橋大根河岸で青物問屋を営む倉田家(や)の五男の栄蔵が、神田旅籠町三丁目(現外神田一丁目昌平橋近く)に開業。現在は五代目倉田元治が暖簾を継いでいる、現存する最古の江戸前寿司処です。

<すしの歴史>

すしは、魚と飯を自然発酵させた馴れずしが起源。江戸時代に入ると、魚に塩、飯に酢で味をつけ一晩漬ける早ずしが発達。関西では箱に詰める大阪寿司(箱ずし、押しずし)として発展しました。一方、気の短い江戸っ子には押す時間が待ちきれず、魚と飯をにぎった江戸前寿司(にぎり寿司)が発展。その後、大正時代に伏見宮家の茶席で、五目酢飯を薄焼玉子焼で包んだ茶巾寿司が創作されました。

大阪寿司は、魚にも飯にもしっかりと味をつけ、醤油をつけないで食べます。一方、江戸前寿司は生魚を使うのが主流となり、ネタに醤油をつけて食べるようになりました。また、大阪寿司は当時から高級品だった米酢を使っていますが、江戸前寿司は当時は安値で入手できた酒粕から作る粕酢(赤酢)を使っていました。

福寿園

福寿園

福寿園は古く、寛政2年の創業で大阪・神戸に通じる木津川の船着場として、また大和・伊賀街道の交叉地として諸物の集散地であった山城国上狛(現京都府木津川市山城町)に福井伊右衛門により茶商として始まりました。
日本の心と生活を支えてきた茶を国を越え、時代を超え、世界の人々に幸せな時と場をつくりだすものとして、日本はもとより世界へ展開することを目指しています。

老松

老松

老松当家は宮中で祀りごとに携わる宮廷祭祇官の流れをくみ、宮中での儀式、典礼に用いられる菓子や茶席の菓子を手がけたことから、屋号を有職菓子御調進所としております。
日本の文化では菓子が大きな役割を果たしています。人が集まるところに文化が生まれ、日本の文化を大切に守っていくため、老松は京菓子の伝統をふまえながらもたえず新しい息吹をふきこんでいます。

亀末廣

亀末廣

二百年に近い昔に、伏見醍醐の釜師であった初代・亀屋源助は文化元年(1804年)に京の街に出て〈亀末廣〉を創業しました。江戸時代には徳川家が宿館とした二条城、さらには都が江戸に遷るまでは御所にも菓子を納めていたと伝えられています。老舗が並ぶ京都・姉小路通りの中でも一際目を引く「御菓子司 亀末廣」の看板は、一回だけの使用で用済みとなった木型がたくさん残っていたことから、これを額に用いています。四季折々の草花を巧みにデザイン化し、風化と色彩豊かな「干菓子」で表現する手法を創案したのは、三代目当主であるといわれています。その姿形や色彩は、そのまま俳句や和歌の素材にもなるような、風流を感じさせるものばかりとなっております。

ブルーシーフード

ブルーシーフード

水戯庵では、持続可能性の高い、地球にやさしい海産物『ブルーシーフード』をご提供します。

近年の地球温暖化や漁業の乱獲などが原因で、海産物には枯渇の危機が迫っているといわれています。資源量が比較的豊富な[ブルーシーフード]をリスト化した
[ブルーシーフードガイド]は、「おいしく、たのしく、地球にやさしく。」をモットーに、楽しみながら持続可能な選択ができるよう知識を提供するものです。

百川ラウンジ

水戯庵
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